過労死の「労災認定」幅広く 裁判で遺族側勝訴が相次ぐ
企業の責任明確化 接待時間の労働認定も
過労死を巡る裁判で遺族側勝訴の判決が相次いでいる。外資系企業の社員が取引先の接待中にくも膜下出血を発症し、死亡した事例で接待を労働時間と認めるなど、従来より幅広く労災認定請求を認めたり、企業や経営者の責任を明確にしたりする判決が目立つ。従業員の労務管理について、企業側の対応がこれまで以上に問われる。
「過労死防止基本法制定の署名にご協力ください」――。先月21日、大阪市内のJR京橋駅前の街頭で「過労死防止基本法制定実行委員会」(委員長、森岡孝二・関西大学教授)のメンバー約30人が精力的な署名活動を行った。
JR京橋駅前の署名活動はこの日、東京、名古屋、京都、神戸など全国6カ所で行った実行委員会の署名活動の一環。この日、新たに約1200人の署名が寄せられ、過労死防止基本法の制定を求める署名は累計で1万人を超えた。
100万人署名活動
過労死防止基本法制定実行委員会は昨年11月、過労死遺族でつくる「全国過労死を考える家族の会」や「過労死弁護団全国連絡会議」を中心に結成された全国組織。100万人の署名を集めて、過労死の防止を国の政策目標とする基本法の制定を目指す。
100万人署名活動のほか、衆参両院議員が参加する院内集会を継続的に開催。活発な活動の背景には中心メンバーのリーダーシップもあるが、過労死を幅広く認定したり、企業や経営者の責任を明確にしたりする司法判断があるという。
取引先の関係者を接待中にくも膜下出血を発症、搬送先の病院で死亡したノキア・ジャパン元大阪事務所長の妻が、夫の死亡は業務に起因するとして国に労災保険の請求を認めるよう求めた裁判の判決が昨年10月、大阪地裁であった。
元所長は携帯電話事業を展開する通信会社に対する名古屋と関西以西のインフラ整備の責任者であり、通信会社や工事協力会社の関係者に対して飲酒を伴う接待を頻繁に行っていた。裁判ではこれらの接待が労働時間に含まれるかどうかが争点になった。
判決は、元所長の接待が関係者との間で個別の問題点をより具体的に議論する場だったと指摘。発症前1~6カ月間の時間外労働を約63~約81時間と認定し、労働基準監督署の労災保険不支給処分を取り消した(国は控訴せず、確定)。
今回の判決について「中身に踏み込んで労働時間かどうか判断した点で、過労死・過労自殺の救済にとって大きな前進。技術士の試験勉強を労働時間と認めた2009年の大阪地裁判決と同様に画期的な事例だ」と労働法に詳しい林裕之弁護士は話す。
過労死・過労自殺を巡る裁判は従業員の遺族が労災認定の請求を認めなかった国に対して労災認定を求めるものと、勤務先の会社に対して過労死・過労自殺による損害賠償を求めるものがあるが、後者では過労死に対する取締役個人の責任を認める判決も出た。
取締役の責任問う
飲食店チェーン「日本海庄や」で働く男性が過労による急性心不全で死亡。遺族が運営会社の大庄と社長ら取締役に損害賠償を求めた裁判で大阪高裁は昨年5月、会社と経営者に連帯して慰謝料の支払いを命じた京都地裁判決を支持し、会社側の控訴を棄却した(会社側は最高裁に上告中)。
会社側は全国900店舗以上を展開し、個々の従業員の労働時間を本社で直接把握することは不可能として取締役の責任を否定していたが、裁判所は従業員の長時間労働を放置し、是正措置をとっていなかったことは取締役の善管注意義務違反との判断を示した。
「個々の取締役に従業員の健康を守る体制づくりを求めた、この大阪高裁判決の企業経営者への影響は大きい。最高裁で確定すれば、取締役は従業員の健康をより意識せざるを得なくなる」と過労死問題に詳しい四方久寛弁護士は指摘する。
これまで過労死・過労自殺については雇用者の責任を脇に置き、労災認定を優先するというケースが多かった。労災認定請求を幅広く認め、取締役の責任まで問う判決は、従来のやり方では過労死・過労自殺はなくならないという裁判所の危機感の表れかもしれない。
(小林健一)
「予防」へ企業も動く
松丸・弁護団代表幹事語る
過労死を巡る裁判で遺族側勝訴の判決が相次いでいることについて、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事の松丸正弁護士は「過労死の予防に取り組む企業も出てきた」と指摘する。主な発言は以下の通り。
2010年度の過労死・過労自殺の労災認定請求件数は約2000件。請求件数は過労死・過労自殺の一部にすぎず、実際の犠牲者は請求件数の10倍以上ではないか。近年、遺族側勝訴の司法判断が相次いでいる背景には「過労死・過労自殺が減らない現状を放置できない」と考える裁判所の危機意識があると思う。
こうした中、企業側にも変化が出ている。これまで過労死・過労自殺は本人の仕事のやり方に原因があると考える企業も少なくなかったが、従業員に対する安全配慮義務を徹底するため、社内の労務管理体制を見直す動きが出ている。
例えば、全従業員の出退勤をタイムカードなどで客観的に把握。1カ月間で100時間超、2~6カ月間で平均80時間超とされる厚生労働省の過労死認定基準に該当する時間外労働を認めないなど、過労死・過労自殺の予防に真剣に取り組む企業がある。
ただ、年間数万件と推定される過労死・過労自殺をなくすためには、企業の自発的な取り組みだけでは不十分だ。過労死の防止を国が宣言する過労死防止基本法を制定し、過労死をなくすための具体的な取り組みを行う必要があるだろう。
【図・写真】過労死防止基本法制定を求め署名活動を行う市民団体(大阪市内)
日本経済新聞
2012年2月7日 1:03 AM | カテゴリー:社労士