2015年 09月

役員報酬

上場企業で会社の中長期の成長戦略と役員の報酬を結びつける改革が広がっている。株価連動を基本としながらも、短期志向にならないよう、会社や役員個人の業績も反映させようとしているのが特徴だ。政府も企業統治(コーポレートガバナンス)改革を後押しする目的で制度改革に着手した。固定給中心だった役員報酬を変えようと、各社が知恵を絞っている。(木ノ内敏久)
今年の株主総会シーズンで投資家の話題を呼んだのが資生堂の役員報酬の改革案だ。2015年度からの3カ年計画に合わせ、ストックオプション(株式購入権)制度に、個々の取締役の業績貢献を反映させる仕組みを取り入れた。「持続的成長に結びつく経営者の成果を評価できるよう設計した」(同社IR部の牧野さゆり氏)。
具体的には新株予約権を割り当てる際に直前の業績評価で基準値の0~130%の範囲で付与個数を設定。権利行使が始まる3年後にそれまでの業績評価を加味して行使可能な個数を最終的に決める。時間差で2つの「関門」を設け、中長期の業績向上に役員の関心を向けさせる狙いがある。
人事コンサルティング会社タワーズワトソン(東京・千代田)の森田純夫ディレクターは役員報酬改革の広がりについて「企業統治コード(指針)の適用が始まったことも大きい」と指摘する。コードが報酬に関する説明を求めているからだ。
今年一気に広がった長期インセンティブ(動機づけ)報酬が「信託型」だ。会社が資金を出して信託を設定し自社株を購入。経営計画などの達成度に応じて役員に自社株を与える。今年は50社弱が導入を決め、累計70社を超えた。
一般にストックオプションでは役員が自己資金で株を買うため、株価下落を恐れて換金に動きがちとされる。信託型では役員は自己資金が要らず、心理的に長期保有につながりやすいという。
来年の株主総会に向けた準備も始まった。「これまで少なかった鉄道、ガス、金融などからも問い合わせがある。来年は新たに200社以上が導入しそう」。報酬改革の助言サービスを手がける三菱UFJ信託銀行の内ケ崎茂グループリーダーはこう予想する。
「株主と同じ目線に立って会社の持続的な成長を目指す動機づけにつながる」。10月に信託型を導入予定のコスモ石油の樋地朗秘書グループ長は利点を説明する。
同社の役員報酬はこれまで固定報酬が全体の8割を占めた。10月からは業績連動報酬の比率を2割から5割に上げ、うち2割を信託による株式報酬にする。「インセンティブを変えて、攻めのガバナンスを意識してもらう」(樋地秘書グループ長)。持ち株会社の取締役は中期計画の達成度に応じて最大2倍の株式報酬が与えられる。
アステラス製薬は9月1日に信託方式を導入する。信託期間は3年で「中長期の業績目標達成へのインセンティブを一層高める」(同社)。従来のストックオプションは廃止する。
株式報酬分は売上高、営業利益率、自己資本利益率(ROE)の3つの指標で評価。会長、社長、副社長のトップ3人と他の役員では業績連動のウエートを変える。トップ3人は報酬全体に占める賞与と株式報酬の比率が50%以上に高まり、業績連動の色彩が強まる。
新しい株式付与の仕組みも今年、登場した。中堅化学の太陽ホールディングスが運用を始めた第三者割り当て方式による株式付与制度だ。役員に3年間の譲渡制限条件を付けた種類株を発行する。中期の目線での経営を促す狙いがある。
ストックオプションや信託型の報酬制度を導入するには、株主総会で議決権の過半数の賛成を得ればよい。種類株の発行には議決権の3分の2以上の賛成が必要だが、荒神文彦人事総務部長は「特別な報酬制度の正当性が高まった」と話す。
政府も役員報酬改革を支援する。税法上の損金算入の条件を緩和し、企業の税負担を軽くする方針だ。簡便な株式報酬制度を創設する検討も始めた。「実現すれば、海外の幹部も含めた人材のつなぎ留め目的の株式報酬などの発行が容易になり、報酬改革を後押ししそう」とタワーズワトソンの森田氏は予想する。
日本、固定報酬比率高く
開示充実も課題
日本の役員報酬の問題点としてよく挙げられるのが固定報酬比率の高さだ。欧米とはストックオプションなどの長期インセンティブで差が開く。タワーズワトソンによれば、日本の大企業経営者の報酬は固定報酬と毎期支給の賞与が全体の9割近くを占めるが、米国は長期インセンティブが7割。違いは歴然だ。
「海外で当たり前の株式報酬を広げないと、日本企業は世界市場で対等に戦えない」と企業統治に詳しい武井一浩弁護士は指摘する。武田薬品工業の外国人経営者が食品世界最大手のネスレに引き抜かれるなど、国境を越えた人材獲得競争が始まっている。「報酬構造を見直し、優秀な経営者が挑戦できる環境をつくらなければならない」(武井弁護士)。
情報開示でも日本は後れを取る。米国はトップ層の報酬額の個別開示だけではない。報酬を決める計算式など仕組みの説明や、実際の支給額に関して株主総会で株主の意見を聞く機会を設けるなど、株主との緊張感ある関係づくりで先行する。
日本は報酬1億円以上の役員について開示義務があるが、報酬決定の仕組みまで明かす企業はまだ少ない。報酬改革が進むにつれ、さらなる情報開示を求める株主の声も強まりそうだ。

日本経済新聞社