「非正規に労災ない」は間違い

「非正規に労災ない」は間違い

毎日新聞

正規か非正規かを問わず、仕事中のけがや病気は労災保険の給付対象になる=東京都内で

 業務上の理由でけがをしたり、病気になったりしたパート、アルバイト、契約社員などの非正規労働者は労災保険の給付対象ではない--などと、したり顔で語る経営者や人事担当者がいますが、こんな犯罪的な発言を信じてはいけません。ファミリーレストランでやけどを負った契約社員の40歳女性のケースをもとに解説します。

【NPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典】

 

◇「働けなくなったら辞めてもらってますから」

 ファミリーレストランに勤めていた女性(40)に対するレストラン運営会社の人事部長の発言は、ほとんど犯罪的でした。わざと言っているか、無知かのどちらかでしょう。

 シングルマザーの彼女は、レストランのホールで契約社員として働き、生計を立てていました。ところがある日の勤務中、棚からものを取ろうとして転び、近くにあった高温の油で左腕全体にやけどを負ってしまいました。

 重いやけどで、治療にはお金も時間もかかります。運営会社の人事部長に相談したところ「契約社員やパート・アルバイトに労災は認められないから」と軽く言われ、結局仕事を辞めざるを得なくなって、途方に暮れてうちに相談に来ました。収入が途絶え、強い不安を抱えていました。

 しかも、彼女は「働けなくなって会社にひどく迷惑をかけてしまって……」とまで言うのです。猛烈に腹が立ってきました。

 彼女のケースは100%労災です。療養費と休業補償が出て当然ですが、私たちが乗り込んだ先で、会社の人事部長はこう言い放ちました。

 「うちは契約やパート、アルバイトには労災認めてないんですよ、慣行で。働けなくなったら辞めてもらってますから」

 久々に、開いた口がふさがりませんでした。

 

労働基準法は、労働者が仕事上の理由で病気やけがをしたときには、使用者(会社)が療養費を負担し、働けないときは休業補償をすることを義務づけています(第75、76条)。

 しかし、事業主にその能力がない場合、労働者が補償を受けられず、困窮する恐れがあります。そこで、確実に補償を受けられるよう、国が包括的な労災保険制度を設けた経緯があります。従って、労災保険の補償対象は、労働基準法が規定する労働者すべてと解釈されています。

 労働者とは「職業の種類を問わず、事業又(また)は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労働基準法第9条)です。パートやアルバイトも含むすべての労働者のことです。

 人を雇って会社を経営する人は、まずこれらの労働法制を知っておくべきでしょう。それ以上に、働く側も正しい知識と権利意識を持ってほしいのです。会社の業務をしていてけがをしたり、病気になったりしたら、療養費と賃金は必ず補償される--これは常識以前の常識です。

 パート、アルバイト、契約社員に労災を認めない会社の話は多く聞きます。経営者がそう思い込んでいるケースがあり、労働者自身がそう思っている場合もあります。

 大学の講義で、学生たちに質問をしました。「大学生が建設現場でアルバイトをしていて、足場から落ちてけがをしました。労災保険は適用されますか」

 学生の半分は「アルバイトだから無理でしょう」という答えでした。根拠もなくそう思い込んでいました。

 パート、アルバイトに有給休暇があることを知らない人も多いようです。半年働いたら、働いた時間にもよりますが有給休暇を取得できます。そのことを知らない人がいる一方で、知っていても「人事上不利益を被るから使えない」と思わされている人もいます。

 

◇「個の弱さから病気になった」と主張する社会保険労務士も

 

「労災請求の履歴が残ると、将来の就職に影響を与えるからやめた方がいいよ」という、無責任で恥知らずな発言をする人事担当者もいました。

 精神を病んだ社員の依頼で、ある会社と交渉した際、会社側の社会保険労務士からこんなことを言われたこともあります。

 「個の弱さから病気になったのに、それを会社の責任にするんですか? 労災申請して会社に負担をかけるのは、常識的に考えておかしいですよ」

 事実に基づき、労働ルールに則した解決を求めているのに、モラルを持ち出されて脱力しました。人事担当者や社会保険労務士がみな労働法制にも詳しく、ロジカルな人たちであるとは限りません。労働組合のことを知らず、労働ルールに詳しくなく、働く人を軽く見ている人もたくさんいます。

 もしもあなたが立場の弱い契約社員やアルバイトで、1人で会社と交渉するのが怖かったら、交渉に慣れている独立系労働組合やNPOを頼ってください。会社側がどれほどゴネても、事実関係が明らかである限り、労働組合の側が勝ちます。労働法制はそのように作られているからです。

 冒頭の契約社員の女性はもちろん労災保険を請求し、療養費が全額給付されました。

毎日新聞