「同一労働同一賃金」のガイドライン
非正規、格差是正促す、政府「同一賃金」へ指針、基本給、能力・成果を反映。
政府は20日、首相官邸で働き方改革実現会議を開き、非正規社員の処遇改善を促す「同一労働同一賃金」のガイドライン(指針)案を示した。正社員と非正規との不合理な待遇差を例示し、基本給や賞与、手当などについて格差是正を促した。指針には、格差をつけた企業に理由を説明する責任を課す仕組みは盛り込まれず、実効性の確保が課題になる。
基本給や手当など待遇全般について格差が認められるかどうかを具体的に記した指針を政府が作るのは初めて。安倍晋三首相は会議で「多様な働き方の選択を広げる。何とかして同一労働同一賃金を導入したい」と強調。指針を踏まえた関連法の改正を指示した。
厚生労働省の労働政策審議会の議論を踏まえ来秋の臨時国会への関連法案の提出をめざす。政府は法改正が実現した段階で指針案の「案」を取るとしている。
国内の労働市場に占める非正規の割合は約4割にのぼる。政府は賃金水準の引き上げや手当の充実により、非正規の働く意欲を高め、生産性向上につなげたい考えだ。
指針はA4で16ページ。非正規のうち有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者を対象に正社員との格差是正を企業に求めた。待遇は基本給、賞与・手当、福利厚生、教育訓練・安全管理の4項目に分類。合理的な差、非合理な差について具体的な事例をあげて説明した。
賃金の大きな比重を占める基本給は(1)職業経験や能力(2)業績・成果(3)勤続年数――の3要素の基準を設定。それぞれの要素で働き方を評価し、雇用形態にとらわれない基本給を払うよう促した。正社員と非正規で評価が同じであれば同水準の支給を原則としながら、違いがある場合はその違いに応じた支給を求めた。
非正規への賞与の支給にも踏み込んだ。厚労省の調査によると、非正規向けの賞与制度を持つ企業は全体の4割弱。同じ仕事でも正社員にしか賞与が払われない場合が多い。指針では業績への貢献が同じであれば同額を支給し、貢献度合いに違いがあればそれに応じた額を支給するとした。
曖昧だった役職手当や時間外労働に対する手当も同一支給の対象とした。深夜や休日の仕事は雇用形態にかかわらず同じ割増率で賃金を払うよう要請。通勤費を支払うよう促し、職業訓練の機会も与えるよう求めた。
政府が実効性を担保するため改正を想定しているのは労働契約法、パートタイム労働
法、労働者派遣法の3法。企業による待遇差の説明義務に踏み込むかが焦点になる。
▼同一労働同一賃金 性別や年齢、雇用形態の違いにかかわらず、同じ仕事には同じ賃金を払うという考え方。日本では非正規の賃金は正社員の6割程度に抑えられており、政府は欧州並みの8割程度への引き上げを目標にしている
。
政府は20日、安倍晋三首相が働き方改革の目玉と位置づける「同一労働同一賃金」のガイドライン(指針)案をまとめた。同じ内容の仕事をしていれば、正社員であろうと非正規社員であろうと待遇が同じになるようにするのが狙いだ。しかし、どこまで実効性があるかはおぼつかない。改革は緒に就いたばかりだ。
なぜ今 働き方改革か
政府が同一労働同一賃金の実現をめざす背景には、正社員に比べて少ない非正規社員の給料を増やして個人消費の拡大につなげる狙いがある。停滞感が漂うアベノミクスを再び浮揚させる起爆剤にしたい考えだ。
日本ではパートタイム労働者の時間あたり賃金がフルタイム労働者の6割弱にとどまる。同一労働同一賃金の仕組みが定着するドイツの8割やフランスの9割と比べて見劣りするのが実態だ。
賞与も加味すると賃金差はさらに広がり、特に企業規模が大きくなるほど格差は深刻だ。政府は同一労働同一賃金の実現をテコにして、欧州並みまで格差を縮める未来図を描く。
少子高齢化がすすむ日本では働き手が足りなくなっている。
政府は雇用者全体の4割を占めるパート労働者や契約社員、派遣社員といった非正規職員の待遇が良くなれば、今まで働いていなかった女性や高齢者が仕事につきやすくなり、働き手が増えると期待している。
もっとも、企業と働き手の生産性が高まらなければ、企業の稼ぎは増えず、非正規職員の給料を上げるための原資は得られない。同一労働同一賃金とともに、時間でなく成果で賃金を払う脱時間給の導入などを一体で実現する必要があるが、関連法案は国会で棚ざらしになったままだ。
実現へ 道筋どう描く
同一労働同一賃金は非正規労働者の処遇改善にどの程度の効果があるのか。賃金の多くを占める基本給の格差を縮める効果は、今のところ限定的になるとの見方が多い。
指針は基本給を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つの要素に分類した。例えば入社以降の経験や能力が同じであれば、非正規の職員という理由だけで待遇を正社員より低くしないように求めている。
ただ、指針は経験や能力などが同じかどうかの基準を示しておらず、企業が自ら判断することになる。対応はばらつきが予想され、いまの仕組みを変更しない判断をする企業も多いとみられる。
一定の効果が見込めそうなのは賞与だ。業績への貢献度合いに応じた支給を求めており、経済界では「少なくてもいいから賞与は払ってくれというメッセージ」と受け止める声が出ている。
非正規労働者を対象とする賞与の制度を持つ会社は全体の4割弱にとどまる。「全く払っていなかった企業が支給するようになれば、それは大きな成果」(厚生労働省幹部)という見方が政府内でも多い。
ただ、非正規の給料を増やすために正社員の賃金を削るようなことになれば、かえって正社員の働く意欲が低下して改革の趣旨に逆行する。非正規の賃上げは、企業の稼ぐ力を高めるための構造改革が前提となる。
指針は現時点で法的な拘束力を持たず、企業の自主的な取り組みを促すにとどまる。今後の法改正でどのくらい実効性を確保できるかが大きな焦点となる。
企業 対応なお手探り
「同じ仕事なら採用形態の違いで賃金や処遇が異なるのを直していく」。NTT東日本の山村雅之社長はこう語り、政府の取り組みを評価する。
非正規社員のモチベーション引き上げは産業界全体の重要な経営課題だ。イトーヨーカ堂は週20時間以上勤務といった一定基準を満たすパート従業員には、正社員と同じ年2回の賞与をすでに支給している。通勤手当や教育訓練、厚生施設の利用なども、正規、非正規で格差はない。
ただ企業にとっては、同一労働同一賃金の導入によって「人件費負担が増す」(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの土志田るり子研究員)懸念がある。慎重姿勢を崩さない企業は多い。
検討企業が増えるとみられる賞与についても、ある大手外食チェーン幹部は「生産性向上などで原資を増やさなければ、賞与を出す一方で基本給を削るようなことになりかねない」と指摘する。
日本経済新聞社が12月にまとめた「社長100人アンケート」で働き方改革で取り組んでいる施策を聞いたところ、同一労働同一賃金は8・3%にとどまった。政府の指針が明確に固まっていなかった時期での調査ではあるが、「長時間労働是正」や「育児介護支援」と答えた経営者が9割を超えたのとは対照的だ。
最近では非正規社員が正社員との賃金格差是正を求めて、勤め先を訴えるケースが相次いでいる。通勤手当や食事手当などについて、正社員と同一の支給を命じる判決も出ている。
今回の政府の指針に法的な拘束力はない。ただ今後、指針を手掛かりにこうした訴訟が増えれば、労働のルールに関する判例が蓄積されて大きな流れが生まれ、格差是正に対する圧力は強まる。企業は賃金制度改定などの対応に迫られることになりそうだ。
日本経済新聞
2017年1月4日 11:16 PM | カテゴリー:社労士