給与 賃上げ

春は働く人の賃金やボーナスを決める労使交渉の季節だが、今年の春は例年にない2つのサプライズがあった。

一つは政権の座に着いたばかりの安倍晋三首相が「業績が改善している企業は報酬の引き上げを検討してほしい」

と経済界に異例の要請をしたことだ。「労働者の味方」を自認した民主党政権時代にもここまで踏み込んだ発言はなく、

賃金上昇をテコに脱デフレを実現しようという安倍政権の本気度を知らしめた。 もう一つは企業サイドの変化である。

かつて春闘と呼ばれた春の労使交渉のリード役は自動車や電機などの輸出型製造業だ。トヨタ自動車や日立製作所

の労使が先陣を切って賃上げ額などで合意し、それが全体の相場観を形成して、内需系企業や公務員の賃金水準

が決まっていく。 ところが、今年は様子が違う。首相の意向に沿う形でまずローソンの新浪剛史社長が20~40代の

社員の年収を3%上げると表明。続いて、セブン&アイがベースアップを含む賃上げを実施することが明らかになった。

なぜ例年は目立たない流通系企業が、今年は主役に躍り出たのか。うがった見方をすれば、製造業に比べて卸売・

小売業の給与水準はやや見劣りし、それを挽回したいという企業としての考えもあるのだろう。 加えて大きいのは、

このまま賃金デフレが続けば、国内の消費は沈滞し、「自分で自分の首を絞める」という経営トップの危機感である。

ローソンの新浪社長は「今の働き盛りの世代は緊縮家計に慣れすぎて、クルマが欲しい、旅行に行きたいといった

自分のしたいことが分からなくなっている」という。 むろん一部の好業績企業が給料を上げるだけでは、過去10年

続く名目賃金引き下げの流れは変わらない。多少円安になったからといって、数カ月前まで国内事業の赤字に苦し

んだ製造業にすぐさま賃上げを迫るのも、やや乱暴だ。企業の業績改善が本物になり、それに並行して働く人の取り

分も持続的に増える。そんな展開を期待したい。

日本経済新聞